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高松高等裁判所 昭和29年(う)802号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

検察官富久公の陳述した控訴趣意は検察官中田慎一の控訴趣意書に記載の通りであり、弁護人小林省人及び同林靖の陳述した各控訴趣意はそれぞれ同小林弁護人の控訴趣意書、同岡林弁護人及び弁護人唐津志都磨の各控訴趣意書に記載の通りであるから、これらを引用する。

本件記録を精査し原審及び当審において取り調べた総べての証拠を検討するに

一、本件検察官中村正成の起訴状に基く公訴事実並びにその罪名及び罰条は

被告人は日本電気産業労働組合(以下電産労組と略称)香川県支部常任執行委員であるが、右電産労組は予て経営者側との間に賃上げ、労働協約締結等の問題につき交渉継続中のところ、妥結を見ず昭和二十七年九月十四日争議権を獲得するや遂に全国下部組織に対し同月十六日よりストに突入すべき旨の指令を発するに至り、爾来右香川支部において電産中央本部及び同四国地方本部の各種指令に基きその経営主体である四国電力株式会社と斗争を続行中、たまたま同年十一月七日午前十時より同十二時までの間香川県三豊郡財田大野村所在の財田変電所関係の専用線を有する大口工場である金豊製紙株式会社(以下金豊製紙と略称)に対する停電ストを実施するにあたり、被告人は右香川支部管下の分会員である松下孝吉・徳永平一・安川茂・田村嘉幸・横山輝雄・中野正夫及び大川正雄と共謀の上、同日午前九時三十分頃会社側より停電防止のため同社多度津支店庶務課長阪上修造・同労務係長増田忠雄及び臨時工員樽本善太郎・同小野健児の四名を前掲変電所に派遣し、折柄停電スト実施のため同所内に集合していた被告人並びに前記松下等に対し右阪上が同日付四国電力株式会社多度津支店長森沢健太郎名義の「当変電所の運転の継続又は停止については会社の指示を受けよ、会社の命令なくして会社設備に手を触れることを禁ずる」との業務命令書を読み上げた上、同文書を墨書せる業務命令書を所内配電盤前の掲示板に掲示し同十時右阪上・増田の両名は被告人等の停電スト実施に備えて上掲金豊製紙に送電中の配電盤の前に立ち、増田が金豊製紙専用線のスイツチのハンドルを握りこれを確保したのに対し、被告人において矢庭に右ハンドルに手をかけこれを引き下ろして電流を切断し同十時五分頃会社側は前記樽本の手により該スイツチを押入し、被告人等によるこれが再切断を防止のため右阪上・増田が同配電盤の前に立ちて警戒し金豊製紙に送電中のところ、同十五分頃被告人において右ハンドルスイツチの下部に設備してあるリレー(継電器)を切断して送電を停止し、引続き右横山・中野・徳永・田村及び安川において会社側職員による送電再開始を妨害するため右配電盤の前にスクラムを組んで横列に並び、該スイツチを再押入しようとする阪上の進路に立ち塞り、同人より業務命令違反であることを注意され且つ即時スクラムを解いてその場より立退くべく要求されたがこれに応ぜず、引続き右阪上等の送電開始を排撃する態勢の下に約五分間に亘り同所を占拠し、以て威力を用い会社側職員阪上修造等の送電業務を妨害したものである。

業務妨害(刑法第二百三十四条同法第二百三十三条)

である。

二、小林弁護人の控訴趣意第一点は、起訴状中に四国電力株式会社多度津支店長森沢健太郎の業務命令の内容を記載してあるのは、刑事訴訟法第二百五十六条第六項違反であるから、原判決は不法に公訴を受理した違法があると言うのである。

刑事訴訟法第二百五十六条第六項には「起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならない。」とあるところ、本件起訴状には、本件被告人の行為が四国電力株式会社多度津支店長の業務命令に違反することを示す為、その業務命令書の内容が「当変電所の運転の継続又は停止については会社の指示を受けよ、会社の命令なくして会社設備に手を触れることを禁ずる」というものである旨記載せられており、それが後に証拠調べのなされた証拠書類の内容であることは明らかである。しかして起訴状にかかる書類の内容を記載する必要もなかつたことは弁護人の所論の通りである。しかし適法なストライキによつて労働者は、一時使用者(本件においては四国電力株式会社)の指揮命令から離脱して労働組合の指揮の下に立つのであつて、右のような業務命令に従わなくてもそれのみを以て違法とは言えないのであるから、そのような業務命令の内容の記載が起訴状にあるからとて、裁判官はこれによつて予断を抱くものとは考えられない。よつて論旨は理由がない。

三、労働争議は賃金その他の労働関係についての労働者の主張と使用者の主張との不一致に原因して展開されるものであり、その争議状態は往々にしてストライキその他のいわゆる実力行使を招き労使双方に打撃を与えると同時に、国民生活乃至国民経済にまで障害を及ぼすのである。初期の労働法制は争議行為の社会的影響を恐れて争議行為そのものを禁止制限する立場を取つたが、現行法は争議行為を労使の対抗関係のバランスを取るための手段として認めて、争議解決の促進を図つているのである。争議行為が公認されているにしても、争議行為ならば如何なる行動も許されるというものでないことは当然であり、暴行傷害等の身体生命を害し、財産権を否定するような行為が許されないことは勿論である。しかしながら労働争議の社会的影響の責を争議行為に帰することの急なる余り、市民法体系に属する刑法民法等の法制中主として個人の法益を不法な侵害から守ることを目的とする規定によつて争議行為の許される範囲を不当に厳格に狭く解してはならないのである。団体交渉の要求をたやすく面会強要と解したり、争議行為を安易に業務妨害罪を以て律するようなことがあつてはならないのである。

憲法第二十八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動する権利は、これを保障する」とうたい、労働者の団結権・団体交渉権・争議権のいわゆる労働三権を保障している。労働組合法第一条は「この法律は労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選任すること、その他団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的とする。刑法(明治四十年第四十五号)第三十五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但しいかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」と規定し、同じく労働組合法第八条には「使用者は同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損害を受けたことの故をもつて労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない」とある。労働関係調整法第一条には「この法律は、労働組合法と相俟つて、労働関係の公正な調整を図り、労働争議を予防し、又は解決して、産業の平和を維持し、もつて経済の興隆に寄与することを目的とする」とあり、同法第六条には「この法律において労働争議とは、労働関係の当事者間において、労働関係に関する主張が一致しないで、そのために争議行為が発生している状態又は発生する虞がある状態をいう」とあり、同法第七条には「この法律において争議行為とは、同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正当な運営を阻害するものをいう」とあり、同じく労働関係調整法第三十六条には「工場事業場における安全保持の施設の正当な維持又は運行を停廃し、又はこれを妨げる行為は、争議行為としてでもこれをなすことはできない」とある。

憲法第二十八条を頂点とする我が労働法制は、使用者に対しては経済的弱者である各労働者は契約自由の原理の下においては、使用者と対等の立場で労働関係についての交渉ができないことを認めて、労働者の地位の向上・労働関係の調整・労働争議の予防その解決のために、労働者にいわゆる労働三権を保障しているのであつて、従つて労働団体の正当な争議行為は正当行為として不可罰的のものであり、かかる争議行為によつて相手方その他が受けた損害については労働者は民事上の責任を負わないのである。

労働団体の争議権は、前示の通り、労働争議において団体交渉を労働者団体のために有利に妥結せしめて労働者団体の目的を実現しようとする行動に関する基本権であり、その権利内容の中核をなすものは同盟罷業(ストライキ)及び同盟罷業を実効あらしめるためのピケツテイング(見張り、張り込み)である。それらの争議行為が争議行為として刑事上民事上の免責を受けるためには正当なものでなければならないこと前示の通りであり、それは目的においても手段方法においても正当なることを要するのである。

争議行為が正当であるか否かは、各行為そのものを個別的に価値判断することのみによつて判定しうべきものではなく、対使用者の争議行為全体との有機的関連において使用者に当該争議行為の結果を甘受せしむべきであるか否かによつてきまるのである。労働組合法第一条第二項但書に「いかなる場合においても、暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」とあるからとて、実力的行動の一切が争議行為としての正当性を有せずして可罰的のものであるとは言い難く、ことにピケツテイングについてはある程度の実力的行動を容認せざるを得ないのである。抽象的に「暴力」と概念を決定して、これを基準として暴力であるか否かによつて、各個の争議行為の正当性を判断しようとするのは(特に正当と不当との限界附近にある行為については)その方法を誤つているのである。何となれば争議行為の正当性の問題は発展して行く争議乃至争議行為の全体ことに相手方の出方との有機的関連において目的意識を以て判断せらるべきであり、単なる行為の外形だけで決定しうべきものではないからである。

争議行為は使用者に対してはもとより第三者たる公衆に対しても多かれ少なかれ迷惑をかけるもので、ことに電気ガス等の公益事業においてはそうであるから、「公共福祉」ということを安易に解するならば、争議行為を認める余地は殆んどなくなつてしまう危険があり、これでは憲法以下の法令が争議権を認めた趣旨に反することになるのである。しかし労働三権の企図する労働者の経済的地位の向上・生存権確保は労働者を含めた国民全体の生存権確保の要請のうちに調和的に実現せらるべきものであるから、この観点からも制約を受けるのである。電力会社の変電所における争議行為としての停電措置は、以上の意味においていわゆるスト規制法(昭和二十八年法律第一七一号)の施行(同年八月七日)前においては、社会良識上正当な争議行為と認められる場合がありえたのである。

労働団体の争議行為の中核である同盟罷業(ストライキ)は、労働者が労働組合の統制下に労働力の提供を集団的に拒否し、その労働力を使用者に利用させない行為であり、労働者は一時使用者の指揮命令から離脱し、労働組合の指揮の下に労務の停廃している現象である。これによつて使用者に損害を受けることの苦痛を与えて労働者側の交渉力(交渉の対等性)を強める手段である。その争議行為は、闘争手段たる性格を帯び、使用者側の出方に対抗的な関係で展開されるのである。使用者側としては、ストライキを甘受する義務なく、これに対抗して操業しようと企図して、或は罷業団に業務命令を出して就業を命じ、或は職員を労務に従事させ又はスキヤツプを使つて罷業破りを行わせることにもなるのである。罷業団としては、これに対抗してストライキを実効あらしめるためピケツテイング(見張り、張込み)の措置を採らざるを得ないのは当然である。

ピケツテイングは通常同盟罷業の結束を強化し、組合脱落者及び罷業破りを防止するために行われるものであつて、罷業を効果的ならしめるための罷業に随伴する手段である、争議行為としては如何なる意味においても実力的であつてはならないものとするならば、労働団体はストライキをしたとしても、相手の使用者側は職員その他の者によつて操業を継続したり、スキヤツプを使つて罷業破りなどをしようとして、これを止めさせようとするおだやかな説得などを聞き入れないのが通常であるから罷業団に取つては安閑として罷業の失敗を待たなければならないこととなり、これは前示の通り労働三権を認めた法の趣旨に添わないこととなるのである。従つて止むを得ない場合には、正当な争議行為として、暴力にわたらない限り、或る程度の実力的行動に出ることを、好むと好まざるとに拘らず、容認せざるを得ないのであつて、防衛的に列を作り腕を組み合う(スクラム)等によつて事業場への入場を阻止する行動も暴力にわたらない限り正当な争議行為として認めざるを得ない場合があるのである。

四、本件各証拠を綜合して認められる事実は

日本電気産業労働組合(以下電産労働組合と略称する)と電気事業経営者会議との間の労働協約改訂労働賃金改訂・退職金協定改訂の三項目をめぐる労働争議につき、適法な予告手続を経た後、電産労働組合中央本部四国地方本部の指令に基き電産労働組合香川県支部の労働団体は使用者の四国電力株式会社に対抗して昭和二十七年十一月七日午前十時より同十二時までの間香川県三豊郡財田大野村所在の四国電力株式会社の財田変電所の専用線を有する大口電力使用工場である金豊製紙株式会社への停電ストライキの争議行為を行うことになつた。

右昭和二十七年十一月七日当時、東京目黒の無線電信講習所出身の被告人は、四国電力株式会社の香川県三豊郡の豊浜変電所に勤務し電産労働組合香川県支部常任執行委員であつたが、同労組の指令によつて、右財田変電所における停電ストを指揮するため同日午前八時頃同変電所に行つた。同財田変電所の勤務員は大川所長以下五名全員が前示労働組合員であつた。

四国電力会社側は右停電ストに対抗して、停電を拒否して送電を継続するため、同会社多度津支店の庶務課長阪上修造・同労務係長増田忠雄は臨時工員樽本善太郎・同小野健児と共に同日午前九時半頃同財田変電所に行つた。やがて阪上は会社側からの同変電所の器物に触れてはならない旨その他の記載をした業務命令書を読み上げた上、これを同所の掲示板に貼つた後、阪上及び増田は同日午前十時少し前同変電所のそのすぐ隣の金豊製紙会社への三三〇〇ボルトの送電専用線の配電盤前に近附いた。

同日午前十時を過ぎると、被告人は、誰も同配電盤のオイルスイツチを切ろうとしなかつたので、自らこれを切るため同配電盤に近附き、これに向つて左側に阪上右側に増田が立つていたのに対し、「切りますよ」と言うと、同人等は切つてはいかんと言い、阪上は右手で同スイツチのハンドルを握り左手で被告人の腰の辺を押した。阪上に押されて被告人は一旦退いたが、また配電盤に近附き「我々は暴力を絶対に否認するのだから乱暴なことはしない、円満にやりませんか」と言い、阪上・増田の隙を見て、同人等が握つていた同ハンドルの先の方を掴んで引きしやくつたので、たわいなく同ハンドルが外れ同スイツチは切れた。そこで阪上は前示技術屋の樽本善太郎を呼び樽本は早速同スイツチを入れた。時に午前十時五分頃であり、同スイツチが切れて金豊製紙会社への送電が中絶していた時間は、一、二分間であつた。右ハンドルを引きしやくつて屋外に出た被告人は再び同午前十時十五分頃右配電盤前に行き、被告人が近附いて来たのを知つて、同配電盤前の椅子に腰掛けていた阪上・増田が右スイツチのハンドルを守るため立ち上るや、被告人はその椅子に掛けた上、阪上・増田が技術屋でないためスイツチ開閉装置であることを知らなかつた同配電盤の前面下方にあつたリレーのブランジヤーを右両名の足下から手を延ばして押し上げてスイツチを切つて屋外に出た。これに応じて被告人から指揮を受けていたいずれも四国電力株式会社多度津支店勤務員で電産労働組合員であつた横山輝雄・中野正夫・徳永平一・田村嘉幸・安川茂の五名は、右配電盤の前に行き、阪上が前示樽本善太郎を呼んで同スイツチを入れさせようとするのを防ぐため、スクラムを組み、約五分間にして、他の箇所のシスコンスイツチが切られたことを聞いて、そのスクラムを解いた。この間樽本はスクラムを突破しようとはしなかつた。スクラムが解かれて後、またスイツチが入れられ、送電せられていることを知つた被告人は、同日午前十時半頃屋外の南方の柱上開閉器の紐を引いてスイツチを切り、他の者が北方の柱上の開閉器のスイツチを切つた。電力会社側の者はこのことに気付かなかつたため、金豊製紙会社への送電は同日午前十一時五十分頃右柱上スイツチが樽本によつて入れられるまで止つた。その後金豊製紙株式会社は右停電による損害賠償として約十万円を四国電力株式会社に要求した。

事案である。

五、本件被告人の争議行為は正当なものであつて業務妨害罪を構成しないとの被告人及び弁護人の主張に対し、原判決は正当争議行為の範囲を逸脱するものと認めて被告人を罰金五千円に処しているのである。

先に述べた通り労働争議における争議行為の正当であるためにはその目的及び手段の双方において正当でなければならないのである。本件労働争議行為の目的は前示四の通り日本電気産業労働組合が労働関係についての団体交渉を促進するためであつて財産権の否定とか企業の破壊とかその他不当の目的があつたことは認められない。本件労働争議行為である停電ストの実施については電気事業の公益性を考慮して全面停電ストを避け一営利会社である金豊製紙株式会社への一時停電が指令され、被告人は電産労働組合香川県支部常任執行委員として指令に基き前示四の通り財田変電所における停電スト実施の指揮者として同変電所に行き、同製紙会社への専用線のスイツチを切つたりスト要員にスクラムを組ませてスイツチを入れることを妨げたのである。

昭和二十八年八月七日から施行の電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律第二条には、電気事業の事業主又は電気事業に従事する者は、争議行為として電気の正常な供給を停止する行為その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為をしてはならないとあるが、本件争議行為のあつた昭和二十七年十一月七日当時にはかかる規定はなく、停電行為が情況によつては正当な争議行為と認められる場合もありえたのである。

本件停電ストの実施せられた香川県三豊郡財田大野村所在の四国電力株式会社の財田変電所の当時の勤務員は大川所長以下五名の全員が電産労働組合員であつたから、本件停電ストが有効に行われて阻止せられなかつたならば、同変電所から金豊製紙会社への送電が停止されることは当然の成り行きであつた。本件労働争議の使用者側に属する四国電力株式会社の多度津支店の庶務課長阪上修造及びその労務係長増田忠雄外臨時工員の樽本善太郎・同小野健児は右停電を阻止するために同変電所に来て、前示四の通り電産労組側の停電を妨げたのであつて、右阪上等の意図が専ら電気事業の公益性を重視して電気の供給を中断することなくこれを継続することにあつたとしても、また阪上から労組員に対し同変電所の設備に手を触れてはならない旨その他の右電力会社からの業務命令を伝達したとしても、ストライキの機能・性質が前示三の通りであつて、労働者はこれによつて一時使用者の指揮命令から離脱するものであるから、被告人その他の労組員はその業務命令に従う義務なく、これを無視して停電を実施したとしても、直ちに公益に反し任務に違反した正当ならざる争議行為であるとは言うことができないのである。本件被告人の三回にわたつて行つた一、二分間・約五分間・約一時間二十分間の各停電措置(最後の分は起訴状の公訴事実中には記載せられていない)は、被告人が電産労働組合の上部組織からの電気事業の公益性を考慮した上の指令を忠実に実行したものであり、その停電措置そのものは当時の諸般の情勢上、公共の福祉の観点からしても争議行為権の実行として不当のものとは認められないのである。

労働組合法第一条第二項に、いかなる場合においても、暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならない、とあるにしても、これは争議行為としては如何なる程度の暴力的行為も許されないという法意でないことは、前示三に述べた通りである。本件被告人が財田変電所において金豊製紙株式会社への専用送電線の配電盤のオイルスイツチのハンドルを引張つた際の情況は、前示四に記載の通りであつて、被告人は暴力を行使しておらない。被告人は、いわゆる事務屋で全く配電盤・スイツチ等の電気設備についての智識のなかつた阪上・増田の気のゆるんだのに乗じて構造上極く簡単な僅かの動作で軽く切れるオイルスイツチのハンドルを不意に少し引張つてスイツチを切つたのであつて、その時阪上及び増田が同ハンドルに手を当てていたにしても抵抗するひまもなかつたもので、暴力の行使があつたとは認められない。また被告人が同配電盤のリレーのブランジヤーを押し上げてスイツチを切つた時は、阪上・増田はそれがスイツチの開閉装置であることを知らず上部のオイルスイツチのハンドルのみを守つていたのであつて、この際も被告人は暴力を行使してはいないのである。なお屋外の柱上開閉器のスイツチ切断にも暴力は使われていない。本件のような情勢の下においてこれらのスイツチが切られたのは、使用者側の四国電力会社の本件停電スト実施に対する備えが不十分であつたためで技術者を各要所に配置していたならば、このようなことは起らなかつたであろうし、若しスイツチが切られたとしても時を移さずスイツチを入れることができたものと認められるのであつて、本件スイツチ切断による金豊製紙株式会社への送電停止の結果は、不手際によるものとして四国電力株式会社の甘受すべきものである。

被告人が第二回目に配電盤のリレーのブランジヤーを押し上げてスイツチを切つた直後、中野等五名をしてその配電盤前にスクラムを組ませて臨時工員の樽本善太郎がそのスイツチを入れることを阻止したのは本件の場合諸般の情況上、正当なピケツテイングと認められることは前示三において説示したところによつて明らかでありその間に暴力行為は認められないのである。

以上の通り被告人の本件各行為は正当な争議行為であるからこれによつて前示財田変電所及び金豊製紙株式会社の業務の運営が妨害せられた結果が生じたとしても、被告人は民事上の責任をも刑事上の責任をも負う理由はない。原判決が被告人の本件争議行為につき威力業務妨害罪を認定したのは事実誤認であり、この誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

よつてその余の控訴趣意についての判断をなすまでもなく被告人の控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百八十二条第三百九十七条第一項により原判決を破棄した上、同法第四百条但書により当裁判所は更に判決する。

本件公訴事実は前示一に記載の通りであるが、その業務妨害罪の成立を認むべき証明がないから刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 塩田宇三郎 判事 合田得太郎 松永恒雄)

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